手っ取り早く「スペシャリスト」になりたい人たち

稲田豊史『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレーコンテンツ消費の現在形』

今回は稲田豊史『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレーコンテンツ消費の現在形』をご紹介します。

最近出た本で話題になっている本です。コロナ禍で動画配信をみんなが当たり前に視聴する中で、2倍速で見たり、10秒のコマ送りで観る人たちが増えています。また、映画を勝手に切り抜きしてあらすじを紹介するファスト映画がyoutubeで人気を集めているというお話しです。

本の中で面白いなと思った指摘が、以前は「オタク」という言葉がダサい人、何か犯罪を犯すような危なそうな人というネガティブなイメージで捉えられていたけれど、若い世代では「オタク」という言葉はネガティブなイメージではなく、「何かを極めたスペシャリスト」というイメージで凄い人を指す場合が多くなっているということです。

「スペシャリスト」にはなりたいけど、時間はかけたくない

「ジェネラリスト」か「スペシャリスト」かという点で、昨今の若者は「スペシャリスト」思考が強いということです。でも、スペシャリストやオタクというものは、普通の人以上にその分野に時間やお金などをかけたことで、結果的にオタクやスペシャリストになったにも関わらず、その段階を省いてスペシャリストになろうとしている点が、なんだか皮肉だなと感じました。

この本ではそうした人たちをただ断罪しているわけではなく、若者に限らず、SNS上ですぐ自分よりすごい人を見つけることができて、ライバルが多いことや、単純に時間やお金がないという生活の余裕の無さから、映画などをゆっくり楽しむことができないという点も指摘しています。時間もないのに、コンテンツだけは異常な数を提供される。

あらすじだけで説明しきれないもの

映画にしろ、本にしろ「で、あらすじは?」「結末は?」と聞かれると、「いや、あらすじや結末だけ言ってもあんま意味がない作品なんだけどな」と感じる場面があります。わかりやすいものだと、本でいえば、村上春樹とか、ドストエフスキーとか、そういう作品は結局読まないと意味がないし、小津安二郎の映画とかも結局その映画をその時間で見ないと意味がないのだろうなと思います。

でも、そういう状況を楽しめない現実もあるのだなと、少し悲しくなりました。この本では、映画にしろ、蓄音機にしろ、最初誕生した当時は「芸術ではない」などと"良識的な旧来派"から非難轟々であったという点も指摘しており、この早送り文化に目くじらを立てる日を懐かしく思う日が来るかもしれないとも言っています。

この本の中では、どちらかというと旧来派になりそうな私ですが、今のうちに旧来派らしい楽しみ方で映画を見たいなと思いました。

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