家族の不可侵性と聖域性

葉真中顕『家族』

直近の直木賞候補作です。ラジオで、直木賞を受賞した『カフェーの帰り道』が性善説の作品だとすれば、『家族』は性悪説の作品だと紹介されており、興味を持って手に取りました。本作は2012年に起きた尼崎事件をモチーフにしています。当時、私もニュースを見て衝撃を受けましたが、あまりに複雑で奇妙、そして凄惨な事件だったため、強く記憶に残っています。

尼崎事件は、角田美代子を主犯格とし、さまざまな家庭を乗っ取って疑似家族を形成し、その過程で財産の収奪や殺人が行われた事件です。特に特筆すべきは、角田美代子自身が直接手を下すのではなく、血縁関係のある家族同士に暴行や殺し合いをさせた点です。家族の乗っ取りを進める中で、早々に服従した者には優しく振る舞い、なかなか服従しない家族には、すでに服従した家族が制裁を加えるという、救いようのない構図を作り出します。

本作で角田美代子にあたる夜戸瑠璃子(やべるりこ)は、「私たちは家族なんだよ」と口にする場面がたびたび出てきます。昨今、特に少子高齢化が進む中で、地域のつながりのあるコミュニティや、疑似家族的に一つの家に老若男女が集まり互いに支え合う場所も生まれています。もちろん、そのような事例として紹介されるものは良いコミュニティだと思いますが、「家族」や「疑似家族」そのものが無条件に良いわけではない、ということを改めて考えさせられます。

尼崎事件では、家族の乗っ取りを複数回繰り返し、乗っ取った家族同士で養子縁組を行うなど、戸籍上でも家族になることで関係性がさらに複雑化しています。本作は、その要素を取捨選択し、物語として再構成しており、その構成力が素晴らしいと感じました。

また、複数の家族を何度も乗っ取る中で、瑠璃子から逃れようとする人も現れ、そのたびに警察に助けを求めます。しかし「民事不介入」を理由に十分な助けを得られない場面が繰り返し描かれます。この時点で、どういう行動を取れば正解にたどり着けるのかと思考を巡らせることになり、ある種のタイムリープもののようにも読めます(ただし、何度やってもうまくいかないタイムリープなので、絶望感がすごいです)。

「民事不介入」も本作の一つのテーマですが、「家族」というものの不可侵性や聖域性についても考えさせられる作品でした。

暗い作品ではありますが、スピード感を持って読めます。暗い話に耐性のある方にはおすすめです。耐性のない方には、ひたすらに暗いので要注意です。

関連のリンク

シン図書館
建築設計事務所シン設計室が運営する私設図書館「シン図書館」のHPになります。シン図書館は、無料でどなたでもご利用できます。小説、エッセイ、作品集、雑誌などシン設計室の蔵書を読むことができます。詳しいご利用案内・アクセスを知りたい方はこちらのHPをご覧ください。

お問い合わせ
シン図書館は建築設計事務所が運営している私設図書館です。建築設計事務所の活動や仕事に興味を持っていただけると嬉しいです。何かお仕事の依頼や、話しを聞いてみたい!という方がいらっしゃたらお気軽にご連絡ください。